社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-2 事例編―ロンドン、都市の地域社会、コミュニティセンター
人と情報をつなぐ/記録と向き合う
5-2-6 道具としてのビデオ・カメラ・レコーダー ― 2002/03年


イギリスでの調査は、毎年ロンドンを訪ね、一定の年数のあいだの対象の変化を見てゆこうとするものである。とりあえず10年という歳月を想定してみたときに、ビデオ・カメラを使ってみようと考えた。ビデオ撮影の経験、知識、技術もなく、そもそもビデオ・カメラを持っていないのだが。
〜時間を記録する〜(2002年5月14日日記)。
「10年の間に、1人、1人は確実に歳をとる。録音を文字におこし編集すると、時間というものをなんとなく飛ばして作品をつくることができる。ビデオだと、時、場所、その人の状況の違いが映像として、音声や文字だけよりも如実に表われる。また、撮影した映像をコピーして渡すことにすれば、その人は、自分のこれまでの録画を見てみるだろう。動画に記録を残すということは、過去の自分と今の自分と、それを見るであろう、その先の自分やオーディエンスも意識する。」

 数ヵ月後、友人からデジタル・ビデオ・カメラ・レコーダーを借りて、とにかく使ってみることにした。グローブ・ネイバーフッド・センターのスタッフのAとPに取材を申し込み、撮影許可をえた。2人には先に質問の趣旨を書いたメモを渡した。2002年8月28日午前自宅で、三脚で固定したビデオ・カメラの前で、まずは自分を撮影してみる。AとPへ渡した質問メモを読んだ。映像を再生してみると、緊張した表情、首に縦筋がはり、全体が重く面白くない映像だ。午後、11時半から1時半、センター1階ホールで機材を手で持ちながら話を聴き、録画した。再生して見ると撮影者である私が笑うと画面も動き、見ていると酔いそうだった。それでも、話をするということが言葉だけでなく全身の表現だと、当たり前のことに気がついた。取材の現場では、話の内容だけでなく場を総合的に読み取って相手とのやりとりをするが、録音や取材メモを文字にする際には、話の内容、言葉を抽出し、その他の現場の視覚的情報、雰囲気をしばしば消去してしまう。

 2003年8月にロンドンを再訪した際には、甲南大学の社会調査工房からデジタル・ビデオ・カメラを借りた。コードが1mまで延びる巻き取り式マイク、長時間撮影が可能なバッテリー(29.8Wh)、携帯用の短い三脚を日本で購入した。グローブ・ネイバーフッド・センターでのジャンブル・セールの準備を手伝っているときに、暇な時間にカメラを取り出してみた。それまでインタビューという場でしか撮影したことはなかった。躊躇しながらそこにいる人々にビデオ・カメラを向けて短い質問をした。ビデオ・カメラという分かりやすい機材を用いることで、取材を申し込む交渉のやりとりを短縮して、瞬時にインタビューの場が作り出されてしまう。

 グローブ・ネイバーフッド・センターに関する調査だけでなく、英領インドについての史料研究にもビデオ撮影という方法を試みた。1925年生まれのイギリス人Nへの取材である。Nの両親の家系の何人かはライフル工場の技術者や軍人として19世紀から20世紀にかけてイギリスの植民地に滞在していた。Nの父も軍隊に勤務、Nもさまざまなかたちでイギリスの植民地やその後の独立国に滞在した経験をもつ。数年前からNが自分の家系に関心をもち調査を始めた。NとパートナーのGと私は長年の友人である。ロンドンに滞在中は毎週会って何時間でもおしゃべりをする仲である。普段から断片的に話をきいていたNの家系調査の話を改めて聴いてみたいと考えた。Nへの取材とビデオ撮影は、私たちにとって日常会話とは異なるイベントとなった。私がインタビューの内容と構成の原案をつくり3人でこれを検討、撮影場所や時刻を決め、リハーサルをした。語り手はN、Gは質問役、私は機材と進行役を担当した。2003年8月のインタビューは計4時間ほどの長さである。Nの家系調査は進行中であり、撮影は来年に「続く」ことになっている。

写真「小さな撮影現場―N宅にて」
「小さな撮影現場―N宅にて」2003年8月


 2003年8月の滞在の最期に、Qに私をインタビューしてもらった。Qはグローブ・ネイバーフッド・センターの2階にオフィスを借りてボディー・トークの活動をしている日本人である。数日前に彼女を取材し、ボディー・トークやイギリスでのヒーリングの流行について話を聴いた。次回は、立場を逆にしてQに私を取材して欲しいとお願いした。インタビューする側の立場ばかりにいると、インタビューにたいする想像力が固定されるような気がした。Qのオフィスで、Qがインタビューアーになり私が彼女からの質問に答えた。取材の内容は私のロンドン滞在や調査に関することで、質問項目は彼女に一任した。時間は60分、ビデオ・テープ1本分の長さとした。
 質問を受けるときの気分、自分が話し続けてしまったときの軽い後悔や、質問者からの予想した反応がないときの不安、インタビューを受けながら気がつくことは多かった。日本に戻って録画、録音を再生した。一文一文が終わらず、波打つような途切れない私の話し方、講義を受けている学生たちが分かりにくいはずだ。自分が話した内容を自分ではこんなに忘れているものなのだ、と驚いた。Qからの質問の中には、私が思いもつかないような内容もある。私がロンドンでしてきたこと、見てきたことを、これまでとは別の角度からとらえなおすきっかけとなる。インタビューのなかで交されたQと私の対話が面白く、自分で何度か音声記録を聞きなおした。インタビューとは、目的にそって相手からより多くの情報を収集する行為であるが、それにととまらず、参加している人たちのあいだでのコミュニケーションのなかから何かが生み出される創造的な場所だと改めて思う。
Advice
調査者自身へのインタビュー
⇒ 調査者自身へのインタビューも調査の貴重な記録になります。調査者は見られる存在であるのに、自分の様子には案外、気がついていないものです。

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