社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-2 事例編―ロンドン、都市の地域社会、コミュニティセンター
人と情報をつなぐ/記録と向き合う
5-2-7 系統性をもたせないインタビューの準備 ― 2003年


インタビューの準備
2003年8月のロンドン滞在では、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルが1973年に結成された経緯やグローブ区の変遷について知りたいと考えていた。センターやアーカイブでドキュメントを収集するだけでなく、関係者何人かへの取材を始めた。最初は、センターの現スタッフから、これまでのセンター長やスタッフ、自治体の議会議員など数名を紹介してもらった。電話をかけ取材を申し込んだ。場所は、センターおよびそれぞれの自宅、取材時間は30分から3時間である。話の内容は、1人1人、異なる。基本的には、あまり「系統性をもたせないインタビュー」である。とくに調査の初期の段階では、できる限り広い情報をえることがまずは重要である。さまざまな情報を集めるなかで、1970年代のグローブ・ネイバーフッド・カウンシル結成の鍵を握る人物、D(Rev. David Mason)をハマースミスで見かけた、という話を耳にした。この人物に出会うまでの経緯については次節に記した。(5-2-8 記録を読み解く/情報をつなぐ ) この節ではまず、質問内容や話題を柔軟に展開してゆくための取材の準備について紹介してゆく。

質問内容
取材相手については紹介者からできるだけ多くの情報をえておく。電話で取材を申し込む場合は、相手の応対の様子は、インタビューを準備するうえでさまざまなヒントを含んでいる。声の「忙しさ」や「戸惑い」は、しばしば瞬間的に伝わってくる。何をどう配慮して、インタビューを構成するか。相手によっては、取材者が次々と質問をしてそれに答えてゆくほうが話しやすい人もいれば、あるテーマにたいして自分でまとめて話すほうが気持ちがよい人もいる。聴き方の姿勢も幅をもって心の準備をしておこう。インタビューの内容は相手によって異なるが、いくつかの問いは用意しておく。質問内容が具体的で答えやすい問い(たとえば、「ハマースミスには何年間、お住まいですか」)と、相手に話しを展開してもらうきっかけとしての、幅広い答え方が可能な問い(たとえば、「その間、ハマースミスはどんなふうに変わりましたか」)を組み合わせる。ときには友人に英語を添削してもらいながらインタビューの予行練習をすることもある。準備をしておくと、少しでも安心した気持ちでインタビューにのぞむことができる。
Advice
インタビューのチェックリスト
⇒ インタビューの目的、相手から知りたいポイントが明確にあるときには、チェックリストをつくってインタビューのあいだに一目で点検できるようにしておきましょう。情報を広く集めたいときには、用意した質問にあまり固執しすぎず、相手の話のなかからポイントをつかみ質問をしてゆきます。一問一答式に終始してしまうと、質問者が知らないこと、想定しないこと、発想しないことを相手から引きだすことが難しくなります。

自己紹介のためのファイル
 初対面の人物へのインタビューではきちんと自己紹介をしたい。グローブ・ネイバーフッド・センターに提出した調査申込書や報告文書のコピーと英語の名刺を添えファイルや封筒に入れて相手に渡せるようにしておいた。

取材資料/話を聞くための素材
 より具体的な話を引き出すためいくつかの資料を手元に用意しておく。これまでに収集した資料(5-2-4 歩いて資料探索)は、それ自体が分析の対象となるだけでなく、話を聞くための材料として役にたつ。資料は多くなりすぎないように数種類を選んで、透明の袋のクリアファイルに入れてA4サイズのファイル1冊に収め、すぐに取り出せるようにした。例えば次のような資料をインタビューの際に利用した。
  • 〔地図〕
    2002年、03年にハマースミス図書館で入手した新旧の自治区の地図。地域の話を地図のうえでなぞりながら聴くと理解しやすく、また話し手も場所を思い浮かべて話すので内容が具体的になる。今回はとくに自治区内の区画改変や、区の特徴、グローブ区について質問する際に役にたった。
    写真「地図」
  • 〔文献資料のコピー〕
    「30年前のドキュメントにはこんな記載があるが‥‥」と資料の一部を見せ、私が興味をもった点を述べ、過去の話や現在との相違、その他の疑問点を具体的に尋ね、インタビューの話を展開する1つのきっかけとする。文献に興味をもってその場で読んで感想を述べる人や、コピーがほしいという人もいる。インタビューの相手によって持参する文献資料の内容は異なる。文献を見せられると話しにくくなる人や、相手の話の内容が文献資料にひきづられることがあるので、相手や状況にあわせて文献資料を用いる。
  • 〔写真〕
    ハマースミス&フラム公文書・郷土史センターでえたグローブ・ネイバーフッド・センターの古い写真は、話し相手の記憶をよびおこす。年配の方のなかには、普段は私には短くしか話をしない人が、写真をみて言葉があふれるように話しだすことが何度かあった。


現場での記録の準備
 2003年のインタビューでは、カセット・テープ・レコーダーとICレコーダー(SDメモリー・カード使用)を使った。テープ・レコーダーは3年ほど前に購入、ICレコーダーは、甲南大学の社会調査工房から借りた。ICレコーダーを使用するのは初めての体験であり、何度か操作の単純な失敗を繰り返した。念のため使い慣れたテープ・レコーダーを併用した。ICレコーダーは、カセット・テープよりも長時間の録音が可能であり、小型で目立たないので、録音しているというプレッシャーを相手に比較的与えにくい。記録媒体が小さく持ち運びには便利である。私が使用しているノート型パソコンはSDメモリー・カードに対応していないので、これを接続するための機器を別に用意しなければならなかった。

写真「機材」


その場での記録(音声)とその後の記録(文字)
 取材では、相手から録音の許可をえる。メモ帳は、質問項目を思い出すために手元においた。英語を理解しようとするのが精一杯で、内容のメモをとる余裕はない。一度、SDメモリー・カードの容量を確かめず複数のインタビューを録音し、最後の2時間のインタビューの最初の20分しか録音できなかった。取材後、フラットに戻りSDメモリー・カードの記録をパソコンにコピーする。デジタルの音声は明瞭で、テープ・レコーダーに記録した音声よりもずっとききやすい。インタビューの内容は、その日、あるいは後日、日本語に要約してパソコンに文字記録として残した。ロンドン滞在中にパソコンがウィルスに直撃され修理のために数日入院したときには、さまざまな作業が停止し落胆した。取材のなかでもらった資料も年月日等を付記してファイルし整理しておく。
 日本に戻ってから、音声記録のベタ起こしを人に依頼した。文字となったインタビューを読んで、英語が苦手な私がどうやって会話を進めているのか改めてわかった。相手が何かを話すたびに、そこから聞き取ったキーワードを私が声に出して繰り返す。その声の調子を聞きながら、相手が説明を補い話を続ける。これだけは確認しておきたい、聞いておきたい点があればとにかく質問を口にする。ベタ起こしの文章を読むと、恥ずかしくなる間違いだらけの英語であるが、その場ではタイミングを逃さないことが重要である。
 インタビューがいつもスムースに進むわけではない。ある時は私が発した問をきっかけに会話の流れがとぎれてしまった。私は、何とか対話を軌道にのせようと次々と質問をするが、言葉が混乱し意味が通じない。インタビューを終えるチャンスもつかめないまま2時間を過ごしたことがあった。グローブ・ネイバーフッド・センターで行ったインタビューであったが、相手も私も、ぐったりと疲れてセンターを後にした。未熟なインタビューアーで申し訳ないと落ち込んだ。後日、取材相手の自宅でのパーティに招かれ、何人かとともににぎやかにローストチキンとワインと会話を楽しんだ。苦い思い出が美味しい思い出と重なり、相手の心遣いに感謝した。
Advice
一喜一憂、ではなく
⇒ インタビューをするたびに、成功だとか失敗だとか、成果があったとか無かったとか、私は調査に向いていない性格だとか、気分が落ち込み悩むことがあるかもしれません。人とのいろいろな出会い方があります。インタビュー全体を1つの体験として受け止めて、反省点は次にいかしましょう。どんなときもでも記録は残しましょう。後から気がつく興味深い情報や重要なポイントがあるものです。

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