社会調査工房オンライン-社会調査の方法
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5-2 事例編―ロンドン、都市の地域社会、コミュニティセンター
不思議な空間への関心/漠然を記録する
5-2-1 グローブ・ネイバーフッド・センターとの出会い ― 2001年


ボランティア登録―不思議な空間への興味
 2001年9月12日、甲南大学から在外研究の機会をえて、英領インドに関する研究をするためにロンドンに到着した。アメリカでの同時多発テロの直後のこと、冬に向かうロンドンの街に重い緊張感があった。他人に無関心という印象を受ける街で、次に何が起こるのだろうと異国暮らしの不安がつのった。多様な人々が集まり移動するこの国際都市に近所づきあいや地域社会というものがあるのだろうか、そんなことを考えているときに、友人がグローブ・ネイバーフッド・センター(Grove Neighbourhood Centre、NPOのコミュニティ・センター)を紹介してくれた。下宿から徒歩7分ほどのところにある。ボランティアとして登録した。自分が住む地域のなかで人との関わりをもちたいと考えた。

写真「グローブ・ネイバーフッド・センター/初夏」
写真「グローブ・ネイバーフッド・センター/初夏」2002年6月
(撮影者、出典を付記していない写真はすべて筆者撮影)


グローブ・ネイバーフッド・センターとは
 グローブ・ネイバーフッド・センターは、インナー・ロンドン最西端の自治区、ハマースミス&フラム・バラ(Borough of Hammersmith & Fulham)1の旧グローブ区(Grove Ward)2に1973年に開設されたコミュニティ・センターであり、後述するような多彩な活動を地域住民に提供している。正式には、グローブ・ネイバーフッド・センター・リミテッドという会社組織であり、慈善団体として登録している。
 センターの開所日時は月曜日から金曜日の9時半から4時半であり、申し込みをしておけば土日もホールを借りることはできる。1階には玄関前ロビー、受付事務所、台所、トイレが2つある。ホールから小さな中庭へ出ることができ、春には1本の桜の木が花を咲かせる。2階にはホールとグローブ・ネイバーフッド・センターのオフィスのほかに3つの部屋があり、有料で貸し出されている。2003年現在は、ボディー・トーク、指圧、カウンセリング関係者が各部屋を借りて活動している。
⇒ グローブ・ネイバーフッド・センターのホームページ
  http://www.groveneighbours.org.uk/
 グローブ・ネイバーフッド・センターが住民に提供している活動は大きく3つある。

グローブ・ネイバーフッド・センターのパンフレット(2003年)1
グローブ・ネイバーフッド・センターのパンフレット(2003年)2
グローブ・ネイバーフッド・センターのパンフレット(2003年) 拡大画像

 第1は、センターが主催するイベントの企画、実施である。毎月行われる喫茶やゲームの会、季節のフェイト(春、夏、クリスマス)、年に数回行われるバザー、懇親会などである。近くの住民たちは、不要になった衣服、日用雑貨、玩具、本などをセンターに持ちより、諸イベントにおいて安価で販売する。地域の人々が対面的に交流する機会をつくるだけでなく、物の交換をとおして地域をつないでいる。
 第2は、グローブ・ネイバーフッド・センターのホールの貸し出しである。多数の住民がセンターを利用し3、目的、活動内容は多岐にわたる。ホール利用の予約、スケジュール調整や住民による諸活動の支援はセンターのスタッフの重要な仕事である。定期的な教室やイベント(フィットネス、ヨガ、ピラテス、ダンス、料理、ハンディクラフト、絵画、ビンゴ・クラブなど)、子育て支援活動(プレー・リーダーを雇い幼児を遊ばせながら親たちも交流する)、イラク人の懇親会、カウンセリングや諸グループの例会(アルコール依存症、ギャンブル依存症、家庭内暴力、ターミナルケアー、などに関する)、ワークショップ(マッサージ、瞑想、レイキ、透視、ヒーリング・サウンドなど)。毎週木曜日の夕方には、センターが含まれる区(Ward)から選出されたバラ議会の議員と住民の懇談が行われる。この他、子どもの誕生日パーティなど個人的なイベントにもセンターのホールが利用されている。
 第3は、グローブ善隣プロジェクト(The Grove Good Neighbours Project)のボランティア活動である。地域からクライアントとボランティアとをつのり、クライアントの個別の要望に応じた生活支援活動(ガーデニング、買い物、散歩の付き添い、送迎、話し相手など)を行っている。2003年8月現在、クライアント15名とボランティア13名がプロジェクトに登録されている。
 地域住民に多様な活動を提供するグローブ・ネイバーフッド・センターを管理、運営しているのがグローブ・ネイバーフッド・カウンシル(Grove Neighbourhood Council)である。これは20名を定員とする委員からなり、今日の活動の中心は、センターの管理運営である。各月、第2水曜日の夜に運営委員会が行われる。カウンシルの委員長、副委員長、書記、会計、その他の委員とセンターが雇用している2名のスタッフが出席する。会計やスタッフが、毎月の会計報告やセンター内外における活動報告を行い、今後のイベントの運営、その他時々の議題について話し合う。グローブ・ネイバーフッド・センターの運営は財政的には、地方行政や民間団体からの助成金と、センターのホールや部屋の賃貸料やセンター主催のイベントでの収益などを資金としている4

センターの歴史
 2003年6月、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルは結成30年を迎えた。グローブは、かつては労働者階層が多く住む地域であり、1970年代にはインナー・ロンドンにおいて最も貧しい区の1つであった。1970代初め、都市貧困問題委員会というNGOが、当時のハマースミス自治体の協力をえてハマースミス・コミュニティ開発プロジェクトをたちあげた。このプロジェクトがグローブ区の住民に、ネイバーフッド・カウンシルを結成しコミュニティ意識を育みながら住民自らが生活、環境改善に取り組もう、と働きかけた。1973年6月にグローブ区住民による投票が実施され19名の委員が選出され、グローブ・ネイバーフッド・カウンシルが結成された。グローブ内の古い住宅を借りてグローブ・ネイバーフッド・センターを開設し、コミュニティ・センターとしての活動が始まった。1979年には、現在と同じ住所に場所を移した。自治体と交渉して、第2次世界大戦時の空爆により破壊された家屋の跡地に立てられたプレハブ住宅を借りることができた。地方自治体、民間諸団体からの助成金をえて1982年にはここに1階建てのビルディングを建設、翌年83年3月31日をもって会社組織に移行した。1994年には2階を増設し、全体を改築して現在のセンターの建物となった5

 私は、グローブ・ネイバーフッド・センターでの月1回のアフタヌーン・ティーや諸イベントの会場準備や片付けを手伝った。このセンターの空間を、地域の人々はそれぞれに、さまざまな目的で利用している。センターが特定の集団への帰属意識やメンバーシップをもった人々から成るのではなく、人が行き交いたまたま出会う、架空の近所の交差点のような場所という印象を受けた。これはいったいどういう仕組みをもった機関、空間なのだろうか?と興味がわいた。

1 ロンドンはシティとバラとよばれる32の自治区に分かれ、それぞれの自治区には議会と執行機関が置かれている。32のバラのうち12がインナー・ロンドン・バラ(内ロンドン自治区)、20がアウター・ロンドン・バラ(外ロンドン自治区)に分けられる。この論文では、London Borough of Hammersmith & Fulhamの区画をハマースミス&フラム自治区とあらわし、そこでの地方行政をハマースミス&フラム自治体、議会をバラ議会と記す。ハマースミス&フラム自治区は、南側がテームズ側に、北はブレント、東はケンジントン&チェルシア、西はイーリング、ハンズローの各自治区と接している。当自治区内は、ハマースミスとフラムに二分され、グローブ・ネイバーフッド・センターは、ハマースミス内にある。ハマースミス、フラム、シェファード・ブッシュが主要なタウンセンターである。ハマースミスには、ピカデリー・ラインとディストリクト・ラインの乗り継ぎ駅、ハマースミス&シティ・ラインの始発駅、バスターミナルがあり、ロンドン内での移動やヒースロー空港への往来には便利である。近年の再開発により各種アート・センター、BBCテレビ・センター、各種スポーツ・センター、その他駅前には商店、飲食店、商業ビル、ホテル、劇場、映画館などの諸施設が集中している
2 Wardはバラを構成する末端の行政区である。2002年5月にハマースミス&フラム自治区内の行政区画が改変されたため、グローブ・ネイバーフッド・センターは現在は、Ravenscourt Park Ward内にある。 ⇒グローブ区の消滅?(いろいろな疑問[5-2-5]) ⇒行政区画の変遷/グローブ区の消失(都市空間におけるコミュニティ・センター/ローカル・コミュニティの欠如?[5-2-8])。
3 グローブ・ネイバーフッド・センター調べによると、たとえば2003年3月8日から22日のあいだにセンターを訪れた人はのべ1386人である。この数字はホール利用者に限らないあらゆる目的の来訪者を含む。その9割がハマースミス&フラム自治区の住民である。
4 グローブ・ネイバーフッド・センター・リミテッドの2002年度の収入のうち、36.5%はハマースミス&フラム自治体からの助成金、15.4%はコミュニティ・ファンド(国営宝くじ慈善事業部 National Lottery Charities Board)から得ている(Grove Neighbourhood Centre Limited, “Grove Neighbourhood Centre Limited Report and Accounts 31 March 2003”, 2003.10.8)。助成金の額は年々減少傾向にあり、また助成金をえるための申請書類、報告書作成、財政の工面はセンター関係者の毎年の重要な仕事となっている。
5 グローブ・ネイバーフッド・センターの建物は、1995年にはHammersmith Society’s Annual Environmental Award for Local Buildings Displaying Imaginative Designを受賞した。

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